「口を利きたくない」と思う夜があります。何か腹が立って、口を開けばきつい言葉が出そうで、黙ってしまうのです。わたしにもあります。夕食の席で、何を言われたわけでもないのに、なぜか言葉が喉でつかえる。そんなとき、わたしは黙ります。口を閉じたまま、箸を動かします。
黙っていると、気まずいものです。何か言わなければ、と焦ってしまいます。でも、ある夜気づいたのは、その沈黙もれっきとした会話の一つだということでした。
「今は話したくない」「今は触れないで」。怒りすぎて言葉にできない気持ちは、黙ること自体が伝えています。それは無視ではありません。態度での会話、といってもいいかもしれません。むしろ言葉にすれば取り返しのつかないことを言ってしまいそうなときほど、沈黙は必要なのです。
沈黙にも、種類があります。言葉を選んでいる沈黙。怒りを鎮めている沈黙。何も言わなくても大丈夫、と思える沈黙。どれも、ちゃんと相手に何かを伝えています。
翌朝、「ごめんね」の一言が言えたとき、昨夜の沈黙は無駄ではなかったと思います。あの沈黙があったから、きつい言葉を飲み込めました。黙ることは、逃げではありません。伝えることの、もう一つの形なのですから。

